研究書・論文 
帳箱の中の江戸時代史 帳箱の中の江戸時代史
(上)近世村落史論
(下)近世商業・文化史論

田中圭一著


(上)定価: 本体6600円+税
  1991年10月刊
  ISBN4-88708-121-9
  A5判 507頁

(下)定価: 本体6600円+税
  1993年5月刊
  ISBN4-88708-122-7
  A5判 490頁

在庫あり
〔内容見本呈〕
第46回(平成5年度)新潟日報文化賞受賞/従来の日本史研究が,幕府など中央の法令や編纂史料によって,支配者からみたものになっていたことを,佐渡の村方の一枚文書を集めて,村と百姓の実態を明らかにして証明し,定説に訂正を迫る。転換期の日本史への大きな警鐘であり,最先端を走る実証史学の金字塔である
【主要目次】
(上) 近世村落史論
序 村への視点,村からの視点
第1章 村にとっての検地−太閤検地から元禄検地へ−
 1 天正検地から慶長検地へ−近世村への道−/2 元禄検地−土地私有の完成−
第2章 土地所有の思想−領有・惣有・私有−
 1 領有から私有へ/2 田畑売買の開始/3 質地と小作/4 別小作と内部対立
第3章 村の身分制−大家と名子−
 1 戦国期の名と村/2 大家と名子の江戸時代/3 身分制の崩壊−江戸から
 明治へ−
第4章 村役人の系譜−名主と百姓−
 1 村殿から名主へ/2 長百姓体制/3 平百姓の抬頭/4 小百姓の天下
第5章 家と家族−生産と生活の組織−
 1 家と家族/2 日手間と身売り/3 分家と養子
第6章 村の掟−生産と生活の自治−
 1 村と村掟/2 生産の場の村掟/3 村掟の思想

(下) 近世商業・文化史論
第1章 戦国期の商業
 1 北越後荘園の市/2 戦国期色部領の商品/3 岩船町の町衆/4 戦国期の
 村の市− 秩父薬師堂と小鹿野−/5 六斎市と城下町
第2章 近世都市の誕生−鉱山町相川−
 1 近世都市の萌芽/2 豪商の時代−代官田中清六−/3 近世都市相川の展開
第3章 外来技術と日本文明
 1 技術と時代/2 技術と文明/3 技術と算術
第4章 地方市場の展開過程
 1 近世初期の商業/2 地方市場の成立/3 地方市場の崩壊
第5章 商業社会への曲折
 1 近世商業社会への前提/2 村に生まれた国産要求/3 国産自給への傾斜/
 4 消費 の高まりと禁令政治
第6章 産業資本への道
 1 松前稼ぎと手工業品輸出/2 大規模農場の出現−金田六左衛門−/千歯扱き
 製造販売−氏江市郎兵衛−
第7章 一揆と商業
 1 寛延の一揆−商品生産者の要求−/2 宝暦の飢饉/3 明和の一揆/
 4 広恵倉と天保一揆/5 天保一揆の実像/6 一揆をめぐる思想と心情/
 7 歴史としての天保一揆
第8章 庶民と信仰
 1 中世百姓名主の信仰/2 木食弾誓の誕生/3 弾誓教団の活動/4 一揆と
 信仰/5 幕末の念仏踊り/6 村の石塔婆
第9章 庶民と文化
 1 島の能楽/2 歌詠みの世界/3 江戸初期,百姓・町人の文化/4 『佐渡
 四民風俗』の世界/5 心中と口説き節と飢饉と一揆/6 村の学問−生活の
 思想−/7 経済解放と 生活文化
第10章 村の幕末−時代と庶民−
 1 百姓の生活と文化/2 地主商人と小前/3 世直しの世相/4 維新前夜
【推 薦 文】
歴史学の転換―新しい江戸時代像の出現   網野善彦

 内外の激動とともに、歴史学がいま大きな転換期にさしかかりつつあることは明らかである。これまでの「日本社会像」を支えてきた枠組、しばしば「構造論」などといわれてきた「理論」は、豊かな現実の前に生命を失い、枯れた灰色なものとなり、未知の世界がわれわれの前に広くひらけようとしている。
長年にわたる佐渡での生活の中から生み出され、結実した田中圭一氏の『帳箱の中の江戸時代史』上下は史料の語る事実に即して、従来の「常識」「通説」がいかに権力の目にひきずられた見方であり、実際の村や町の実態からかけはなれたものであるかを、余すところなく明らかにした労作として、さきのような新たな動きを確実に前進させた快著といってよかろう。
 もとよりこの書で明らかにされた豊富な事実は、整った「理論」によって体系化されているわけではない。しかしその中から、これまで予想もしなかったような江戸時代像が浮び上りつつあることは間違いない。
「あとがき」にふれられているような、「研究史」との長年にわたる苦闘を通じて、田中氏が積み重ねてこられたこのような研究は、恐らく各地域でもそれぞれに推進され、蓄積されているに相違ない。そうした豊かな成果の全面的な開花の中でのみ、世界に十分通用しうるような新たな理論、体系が創造され、正確で偏りのない日本社会像を描き出すことができるのであり、田中氏の著書は、その道を模索しようとする者にとっての大きな励ましとなることは疑いない。
 この書が狭い学界の枠の中に閉じこもる研究者などでなく、広く世界と日本の現実に真剣に対処しようとする多くの人々に迎えられることを、心から期待する。
『帳箱の中の江戸時代史』を読んで   児玉幸多

 近世の社会を理解するのに、とかく法令などの支配者側の史料のみをもとに判断して、近世はこうした社会であったと決めつける傾向に対して、長年佐渡の村に生活し、村の帳箱に収められていた多くの史料に親しんできた著者が、それは一方的な見方であると、反旗をひるがえしたのが本書である。検地にしても、小農民自立政策とか年貢増徴策という表現で片づけるのではなく、村の百姓衆の自立の要求の結果でもあったとする。検地は百姓の田畑所有を確認したことであって、「田畑永代売買禁止令」にも拘わらず、売買が盛んに行われたことを、多くの売買証文によって証明する。
 百姓は無権利で、年貢生産のためにのみ生かされていたような考えに対して、村は自立したものであり、村は幕藩権力と対等にわたりあえる位置にあったとする。その証として、村には村人がきめた各種の村掟があり、要求書や決議文のあることを挙げている。事実、多くの村民の意志によって、村役人は世襲から交代制に、さらに選挙制へ進んでいる。また幕府の殖産政策を初めとする経済政策にしても、村の発展をもとにして国レベルで編成したものとする。
 本書は、佐渡の天保一揆の意義や庶民の文化についても多くを論じているが、概念的な歴史観に対して、地についた史料をもとに、村の中にいて意見を述べるべきことを言っているので、多くの歴史家には反省させられることが多い。ぜひ一読されて、反論があれば聞きたいものである。
『帳箱の中の江戸時代史』を読んで   圭室文雄

 ここでは特に宗教史について紹介したいと思う。
 田中氏は新潟・佐渡地域の古文書について長年地道な研究を続けてこられた方である。さて宗教の論文であるが、これ迄とは違い、やや手法をかえて、幕藩領主側や本山の史料ではなく、村の側に残る金石文や講の史料を活用して、民衆の生きた信仰を具体的に検証しておられる。
 これ迄の近世の宗教史の研究方法は、辻善之助の大著『日本仏教史』近世編四冊でたてられた主題を座標軸とするか、伊達光美以来の宗教法制史の方法によるか、制度史・教団史・各宗本山史等が主流をなしていた。そのいずれもが寺院法度・本末制度・教団組織・宗祖の教義の展開・檀家制度といったところに焦点をあてる研究が多かったが、田中圭一氏は、ここではこの様な手法をとらず、村の信仰・習俗・年中行事・祭礼・講などの民衆側の史料から信仰の実相にせまり、民衆の生きた信仰を克明にあとづけておられる。ともすれば宗教はイデオロギー論で説明されたり、宗祖の教義を受け入れた階層性の差やその組織などで説明されがちであるが、そのことの間違いが、田中氏の論文では随所で指摘されている。
 我々の先祖達の宗教に対する欲求が、イデオロギー・宗派性・階層性・組織化などを超えた所にあり、また民衆のしたたかな生き方も描かれており、教示を受けるところが多い。近世の宗教史研究に新しい機軸と分析視角を与えたものとして、高い評価をうる好著といえよう。この様な手法での研究の蓄積こそが、民衆の生きた信仰をさぐる手がかりになるといえよう。
新しき地域史の開拓   村上 直

 近年、江戸時代の歴史像についての見方は大きく変りつつある。こうした中で、長い間、佐渡の地域史に取り組み、着実に研究成果をあげてきた田中圭一氏が、史料の発掘と見直しによって「近世村落史論」「商業・文化史論」と銘打って『帳箱の中の江戸時代史』(上)・(下)二巻の大著を上梓されたことは、同学として大きな喜びである。
 田中氏の研究方法は、既成の歴史概念や机上の書物によって論旨を展開させるのではなく、常に身近な原史料(地方文書)を丹念に調査し、これに基づき真意を深く読み取り、史実を明らかにしていく手法である。それだけに地域の特性に立脚した論証や、新見解にはきわめて説得力があり、従来の研究で再考すべき問題点の多いことに気がつくのである。
 本書によれば、近世の村は単なる行政村でなく、あくまでも民衆(農民)の生産と生活のためにつくられた仕組みであり、また、もろもろの歴史的現象は、その時期の政治力や法令の政策的意図によって現われるものではなく、民衆の要求や主張、さらにエネルギーにより実現していくというのである。つまり、地域の状況が反映されているという見解である。それと共に、一揆などについても、その影響や評価は、村の中に起きた一揆以後のさまざまな運動に着目すべきであるとし、また、近世文化の真の担い手は民衆であることなど、多くの事例によって実証されている。そして民衆について、村の内面的諸関係とその展開に重きをおきながら、生活する場から実相を捉えていこうとするのである。
 このように本書は、帳箱の古文書や日記・記録類を通して、これまでの江戸時代の通説的理解に対し、大胆な修正を求めていこうとする、まさに新たな地域史の開拓を目ざす画期的な労作である。江戸時代の実像を正しく理解していくためにも、是非、この貴重な成果を多くの方々が座右の書として精読していただきたいと思う。
 HOME  会社案内 | 近刊案内 | 書名一覧・索引 | 注文について | リンク集
Copyright (c) 2005 Tosui Shobo, Publishers & Co., Ltd. All Rights Reserved